東京千住・まちかどブログ 2014年06月

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宿場町の名残り~その8 横山家~

6月14日、「出張博物館」に行ってきました。場所は千住4丁目の横山家です。

これは足立区立郷土博物館の事業で、普段は非公開の横山家の内部だけでなく、屏風、掛け軸などのお宝を拝見することができました。

建物は1860年(万延元年)の建築で、江戸商家のたたずまいを伝えており、千住では最古の商家建築です。
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こちらは、「花見節供図・近江二図貼交屏風」です、2枚の絵を貼り合わせたものです(上段の絵は江戸時代、下段は明治時代)。
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こちらの書は江戸時代中期のもので、下段の絵は谷文晁の「富嶽図」です。1834年(天保5年)軸装です。
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<参考情報>
1 横山家の所在地・・・千住4-28-1(区登録有形民俗文化財)
2 彰義隊による刀傷
外からは見る事は出来ませんが、敷地内右手の柱には、慶応4年(1868)上野彰義隊が敗走してきた際に付けた刀傷3ヶ所が残っています。今回、拝見することができました。
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3 地漉紙問屋  
江戸初期に漉返紙が京から江戸へ伝えられ、浅草で浅草紙(再生紙)の生産が始まり、およそ50年後には浅草から近郊農村の足立が主産地となりました。

千住の地漉紙問屋は、江戸時代から梅田や本木などの近隣農家から主に地漉紙を仕入れ、浅草紙として市中を相手に商売をしました。千住の地漉紙問屋の一つが横山家です。

明治末期より大正初めにかけて機械製の浅草紙が市場に現れはじめた結果、大量生産、その安価に太刀打ちできなくなり、大正10年(1921)頃には一部特殊な紙漉きを除き消滅していき、昭和60年代を最後に足立の紙漉きは姿を消しました。

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横山家が公開されます

千住は江戸町民の生活を支える食品や肥料、燃料などを輸送する流通の拠点であったため、商業の町として繁栄しました。

また、商家は経済力を基盤に、当時の一流の文化人との交流も活発でした。そのお宝が数多く残されています。

今回、足立区郷土博物館の事業で、当時の面影の残る横山家・下村家の店先に、谷文晁など江戸の華やかな美術品が展示されます。通常非公開の両家の中を見られる貴重な機会です。是非ご参加ください。

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日時:平成26年6月14日(土) 午前10時~午後3時
会場:横山家(千住四丁目)、下村家(千住五丁目)

*自由観覧です。詳しくは資料1資料2をご覧ください。
 
 

あじさいの季節

6月5日、東京も梅雨入りしました。例年より数日早いそうです。

それまでの6月下旬から続いた30度を超える真夏の天気から一転、梅雨冷えの気候になりました。

私はこの変化についていけず、少し風邪ぎみです。みなさんは、大丈夫ですか。

近所のあじさいが見頃です。
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Author:千住げんき
千住は、下町情緒と都会の雰囲気がごちゃまぜなところがおもしろい街です。結婚してすぐ千住に住んで35年、年々暮らしやすい街だと感じています。

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