東京・千住まちかどブログ 2014年06月15日

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

宿場町の名残り~その8 横山家~

6月14日、「出張博物館」に行ってきました。場所は千住4丁目の横山家です。

これは足立区立郷土博物館の事業で、普段は非公開の横山家の内部だけでなく、屏風、掛け軸などのお宝を拝見することができました。

建物は1860年(万延元年)の建築で、江戸商家のたたずまいを伝えており、千住では最古の商家建築です。
2014_0614_123707-P6140014.jpg

こちらは、「花見節供図・近江二図貼交屏風」です、2枚の絵を貼り合わせたものです(上段の絵は江戸時代、下段は明治時代)。
2014_0614_123254-P6140009.jpg

こちらの書は江戸時代中期のもので、下段の絵は谷文晁の「富嶽図」です。1834年(天保5年)軸装です。
2014_0614_123107-P6140005.jpg


<参考情報>
1 横山家の所在地・・・千住4-28-1(区登録有形民俗文化財)
2 彰義隊による刀傷
外からは見る事は出来ませんが、敷地内右手の柱には、慶応4年(1868)上野彰義隊が敗走してきた際に付けた刀傷3ヶ所が残っています。今回、拝見することができました。
2014_0614_122902-P6140001.jpg

3 地漉紙問屋  
江戸初期に漉返紙が京から江戸へ伝えられ、浅草で浅草紙(再生紙)の生産が始まり、およそ50年後には浅草から近郊農村の足立が主産地となりました。

千住の地漉紙問屋は、江戸時代から梅田や本木などの近隣農家から主に地漉紙を仕入れ、浅草紙として市中を相手に商売をしました。千住の地漉紙問屋の一つが横山家です。

明治末期より大正初めにかけて機械製の浅草紙が市場に現れはじめた結果、大量生産、その安価に太刀打ちできなくなり、大正10年(1921)頃には一部特殊な紙漉きを除き消滅していき、昭和60年代を最後に足立の紙漉きは姿を消しました。

スポンサーサイト
カレンダー
05 | 2014/06 | 07
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 - - - - -
プロフィール

千住げんき

Author:千住げんき
千住は、下町情緒と都会の雰囲気がごちゃまぜなところがおもしろい街です。結婚してすぐ千住に住んで30年、年々暮らしやすい街だと感じています。
千住の魅力を紹介したサイト「いいとこ千住~魅力再発見~」も見てください。

カテゴリ
最新記事
リンク
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
月別アーカイブ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。