東京・千住まちかどブログ 宿場町の名残り

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千住のまち歩きガイドをしてみませんか

足立区観光交流協会から「街の駅」の運営や「まち歩き事業」を受託している「NPO法人千住文化普及会」では、千住のまち歩きガイドの養成講座を開催します。講座の内容は、講義とまち歩きになります。

江戸時代から育まれた千住の歴史と文化を学びたいという方にも、良い機会になると思います。千住の歴史や文化に興味のある方は、是非ご参加ください。

◎日程・・・4回開催
3月30日(土)、4月6日(土)、4月13日(土)、4月20日(土)

◎時間・・・13:00~16:30。ただし、4月20日のみ10:00~11:30

◎会場・・・東京芸術センター(足立区千住1-4-1)9階

◎参加費・・無料。ただし、資料代1000円(4回分)

◎申し込み方法・・・はがき または FAX で
〒120-0037 足立区千住河原町21-8-702 NPO法人千住文化普及会
FAX03-3868-3233

◎詳細はこちらをご覧ください

横山家
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浮世絵・関屋の里の壁画
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勝専寺(赤門寺)のえんま大王
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宿場町の名残り~その7 旧水戸街道~

旧水戸街道は、江戸から水戸藩の城下町である水戸までの街道で、正式には水戸佐倉道と言います。

江戸時代、千住宿は旧水戸街道の最初の宿場町だったことは、あまり知られていません。

それは、現在の水戸街道(国道6号線)が千住を通らずに、墨田区内を通って葛飾区、松戸市へと繋がっているからではないかと思います。新旧の水戸街道が合流するのは、葛飾区の新宿付近になります。

次の写真は、千住五丁目の旧日光街道沿いにある石碑です。
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JR常磐線は、現在の水戸街道のように墨田区を通らずに、千住を通っています。そのおかげもあって、現在、北千住駅は、JR常磐線、東武伊勢崎線、地下鉄日比谷線などの巨大ターミナル駅になっています。

推測ですが、JR常磐線が千住を通るようになったのは、江戸時代の旧水戸街道の宿場町であったことが影響しているのではないでしょうか。

宿場町の名残り~その6 裏街道~

1625年千住宿が開かれた当初は現在の千住一丁目から千住五丁目まででしたが、宿場町は計画的に造成されたことがうかがえます。

その特徴は、まず、日光街道が高く土盛りされ、なだらかな斜面が東西両側に造られていることです。雨水などの排水を考えたものだそうです。現在でも、旧日光街道が高くなっていることが確認できます。

また、日光街道から東西に100メートルほどの所に、日光街道に並行して裏街道と下水堀が整備されました。急ぐ町人や飛脚達が武士とのトラブルを避けるため、利用したそうです。私も急ぐ時やウォーキングの時などは、旧裏街道の道をよく歩きます。

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千住3丁目にある千住本町小学校前の裏街道

さらに、日光街道と裏街道までの間に商店と屋敷が造られ、神社や寺院は裏街道の外側に造られました。そのかわり、それぞれ旧日光街道から神社や寺院までの100メートル程、参道が整備されました。赤門寺や不動院、長円寺、千住本氷川神社などに行かれる時は、こうした街のつくりも見ていただければと思います。

宿場町の名残り~その5 うなぎの寝床~

千住宿は旧日光街道の両側に、はたご屋などの商家が軒を連ねていました。

これら商家の敷地の様子を見ることができる場所があります。そこは「千住ほんちょう公園」で、商家の跡地を利用して造られた公園です(千住4-22-16)。

街道沿いの間口は10メートルくらいで狭く、奥行きが100メートルほどもあります。京都の町家が「うなぎの寝床」と呼ばれますが、千住宿の商家も同様の造りでした。
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この写真は旧日光街道から公園(商家)の奥の方を写した物です。

商家は、街道から奥にかけて、店舗・住宅、蔵・納屋、裏庭・畑の順に「うなぎの寝床」のように縦長に配置されていました。そして、明治初期には、裏庭・畑をつぶして家作(貸し家)を造って貸すようになっていました。
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前回紹介した千住宿の模型でも少しうかがえます。

宿場町の名残り~その4 宿場町の範囲~

千住宿は南北約2800メートル、東西約300メートルで、旧日光街道に沿って細長い形をしていました。

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宿場が作られた1625年当初の範囲は、現在の千住一丁目から千住五丁目まででした(この区間を千住宿本宿と呼びます)。

その後、交通量の増加に伴い、1658年に千住掃部宿(かもん宿、現在の千住仲町)、千住河原町、千住橋戸町が、さらに1660年には千住大橋を超えて、千住中村町、千住小塚原町(現在の荒川区南千住になります)が千住宿に加えられました。

2800メートル続く町並みとなれば、当時としては相当大きな宿場町であったと思います。

明治以降、鉄道(常磐線と東武線)と国道4号線が新たに通り、千住の町は拡大していきますが、江戸時代に造られた旧日光街道とそれに沿った千住宿の町の構造は現代でも残されています。都内で江戸時代の宿場町の史跡を見られるなんて、貴重ですね。

なお、千住宿の模型が千住区民事務所の隣り(北千住駅前マルイビルの10階)に展示されています(足立区郷土博物館作成)。一見の価値があると思います。是非ご覧ください。
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宿場町の名残り~その3 旧日光街道~

10月初め、千住在住の郷土史研究家の相川さんに千住宿の歴史について伺いました。旧日光街道は千住大橋から現在の荒川の少し手前の千住五丁目を通り、草加宿へと北上していきます。

相川さんによると、当時、道幅は5間(約9メートル)あったそうです。

こちらは北千住駅前通りから見た旧日光街道です。
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また、江戸時代には商店は軒先に縁台を置き、旅人の休み処を設けていたそうです。こちらのお店では今でも縁台を見かけます。
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なお、千住宿は、旧日光街道(宇都宮までは奥州街道でもある)の最初の宿場で、江戸四宿(千住、品川、新宿、板橋)の中で、当時最も栄えたとも言われております。

また、千住宿の中核を成す旧日光街道がそのまま残っているのは、貴重な歴史遺産と言えるのではないかと思います。

宿場町の名残り~その2 千住宿本陣跡~

日光街道・奥州街道の最初の宿場として栄えた千住宿は、1625年に建設されました。その後、徐々に拡大し、2400メートルほど家並みが続いていました。

江戸の外縁には、街道に沿って、4箇所の宿場が置かれていました。 日光街道の千住宿、東海道の品川宿、中仙道の板橋宿、甲州街道の内藤新宿です。なかでも、千住宿の人口は約1万人を数え、四宿で最大でした。

千住宿の本陣(大名等専用の宿屋)は、千住3丁目にありました。現在は、千住2丁目との境に標柱が設置されているだけで、跡地は商業ビルになっています。
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標柱の他に、商店脇に本陣跡の案内板が地元により設置されています。
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仙台伊達家、米沢上杉家など名だたる大名家が千住宿の本陣を利用していたことを思い浮かべると、何か歴史のロマンを感じます。

宿場町の名残り~その1 千住宿の模型~

かつて旧日光街道の宿場町だった千住。その宿場町を再現した模型が展示されています。
場所は、北千住駅西口駅前のマルイが入っているビルの9階。

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オープンスペースに、模型と千住の歴史を語ったパネルが展示されています。

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この模型は足立区の郷土博物館が専門家に依頼し作成したもので、精巧にできています。

中を覗き込んでみると、当時の宿場の躍動感が伝わってきます。

千住に「街の駅」出現

10月初め、千住に「街の駅」ができたと聞いたので、行ってみました。

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街歩きや買物の際、一休みできるようにと、にぎやかな商店街の真中に設けられていました。
大正時代の魚やさんを改造したそうで、中に入ってみると、レトロな雰囲気。スタッフが観光案内をしてくれて、街歩きの地図とパンフレットをもらってきました。

千住は旧日光街道の宿場町。週末、歴史好きのグループの皆さんが街歩きをしているのを時々見かけますが、まずここに立ち寄ることをお勧めします。
場所                   宿場町通り商店街 
開館時間            午前9時から午後5時まで。
問い合わせ先   足立区観光交流協会 03-3880-5720
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千住げんき

Author:千住げんき
千住は、下町情緒と都会の雰囲気がごちゃまぜなところがおもしろい街です。結婚してすぐ千住に住んで30年、年々暮らしやすい街だと感じています。
千住の魅力を紹介したサイト「いいとこ千住~魅力再発見~」も見てください。

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